2017年も全米最大規模の学生による社会変革に関するカンファレンス、IMPACT National Conferenceに参加してきました。2017年はミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学でした。

ミズーリ州セントルイスは2014年にアフリカ系アメリカ人の男性が警察官に殺害される事件が起こり、その後、アメリカ社会では多くのアフリカ系アメリカ人の権利運動が展開された経緯があるため、そのセントルイスで行われるIMPACTというのが非常に期待していました。
また、2016年に行われたアメリカ大統領選挙後、初めてのIMPACTということもあり、どのようにしてトランプ政権や分断されたアメリカ社会に学生たちが向き合おうとしているのか、その点を知りたいと思い参加しました。


【主なプログラム】
IMPACT1日目は、正確にはプレ企画のような設定で、参加者は全体の3分の1程度で、主にワシントン大学主催のセントルイスのオリエンテーションや大学内案内のようなセッション、そして、オープニングのキーノートスピーチ(基調講演)が行われました。

IMPACT2日目は、(同時に10-20のワークショップが開催され自由に好きなトピックに参加できる)ワークショップのセッションが3つ、全体のキーノートスピーチとパネルディスカッションがそれぞれ1つ、昼休みを利用したOpportunities Fair(ブースセッション)が一つ、そして、夜間にオックスファムが主催するOxfam Jam(参加者がパーフォーマーになり歌や詩の朗読などを披露)が開催されました。

IMPACT2017_6
Opportunities Fairの様子
(Photo by Yoichi SUZUKI)

IMPACT3日目は、ワークショップのセッションが3つ、(「主教」や「リフレクション」などテーマ別にそれぞれの部屋で開催される)パネルディスカッションのセッションが1つ、全体でのキーノートスピーチが1つ、そして、夜間は市内にある博物館への視察ツアーが開催されました。

最終日であるIMPACT4日目は、ワークショップのセッションが1つ、そして、クロージングワークショップが1つ開催されました。

なお、プログラムに関しては、ウェブアプリであるGuidebookから見ることができます。
https://guidebook.com/guide/85802


【セントルイスにある大学として】
2014年8月9日土曜日、非武装の18歳の男性マイケル・ブラウンが警察官による射殺される事件がセントルイスのファーガソン地区で起こりました。これをきっかけにして、Black Lives Matterをはじめとしたアフリカ系アメリカ人の権利運動やこの事件に対する抗議活動が全米、そして、世界各地で起こる事態となりました。ワシントン大学セントルイス校は概ね8月最終週に新学期が始まるのですが、この事件に対して多くの学生たちも市内で行われたデモに参加しました。こうした背景から大学としても人種差別に対して明確な姿勢を出さなければならないという方針になりました。なお、ワシントン大学には、事件前から学内にThe Center for Diversity and Inclusion (CDI:多様性と包摂性に関するセンター)が開設され、活動を行っていたという下地もありました。
IMPACT2017_1
(Photo by Yoichi SUZUKI)
大学内で差別的な言動が行われ、それを告発する投稿がfacebookにされた際に、ワシントン大学セントルイス校の学長がfacebook上で謝罪と対応について説明するということも行われたそうです。


【難民や移民に対する意識】
今回の参加で感じたことは、1月にトランプ大統領によって発せられた「移民や難民の受け入れ」に関する大統領令などに表れている移民排斥の機運に対しての取り組みをみたいということでした。2日目に参加したオックスファム・アメリカによるワークショップは、"Standing Up for Refugees – Abroad and in the U.S."と題されており、オックスファム・アメリカの取組の紹介が行われました。

こちらのビデオは、俳優など著名人が難民の声を代弁し、彼らの境遇をストーリーテリングするという内容です。難民の人々がどのような状況なのかをより共感的に認識するということが語りによって行えるのかと思います。
IMPACT2017_3
オックスファム・アメリカが行う難民に対する連帯アクション
(Photo by Yoichi SUZUKI)


オックスファム・アメリカのセッションはいつも人数が多いのですが、このワークショップは朝一番のワークショップにもかかわらず、定員を超え、立ち見も出るほどでした。ワークショップの後半では、「これまでキャンパスで包摂性を育むために行われていること」及び「私たちが行えるアクション」について、少人数での話し合いが行われ活発な意見が出ていました。(IMPACTにいる学生は特にいえることでしょうが)アメリカの学生や職員がこの課題に対して問題意識を持っていることを改めて認識しました。
IMPACT2017_4
IMPACT2017_5
参加者が考えたアクションのアイディア。短時間に多くのアイディアが出てきた。
(Photo by Yoichi)


【大統領選挙後のIMPACT】
2016年の大統領選挙で数々の問題発言をしていたトランプ候補が勝利した事実に、アメリカの学生やそこにかかわる大学職員、NPO職員はどのように向き合っているのか、この点は私の大きな関心事項でした。2日目に行われたキーノートスピーチでは、約30年間、ミズーリ州から米国議会下院にて民主党議員として活動し、引退後はロビーイストとして積極的な活動を展開している、セントルイス出身のRichard A. Gephardt氏から、"どのように現在の政権に対してアプローチをしていくべきなのか?"について話がありました。
IMPACT2017_2
元下院議員を招いて、チャペルで全体セッションが行われました。
(Photo by Yoichi)


また、アメリカで市民活動をする友人たちとの会話の中でも大統領の言動に対して、どう市民社会として向き合っていくべきなのかということが、特に、窮地に立たされている人たちへの連帯という文脈で多く語られていました。

確かに、窮地に今、立たされている人々の状況に寄り添い、彼らの状況を改善するよう働きかけることは重要なように思います。カナダに移住することよりも、アメリカ国民として権利を行使しながらそうした人々に寄り添うことこそ重要なのでしょう。
関連記事 カナダに移住するのは解決策になっていない・・・
ただ、私がどうしても思い出してしまうのが2004年の大統領選挙でした。「テロとの戦争」を進めるブッシュ政権に対して、アメリカ国民の多数が反対をする中、接戦を制してジョージ・W・ブッシュ氏が再選を制した。2020年の大統領選挙でトランプ氏が再選しないようにするためのトランプ氏支持者へのアプローチが何か行われていないのかが気になっていた。また、こうしたアプローチは日本社会における様々な社会運動にも応用できるものではないかと考えていた。
会話の中で、友人たちはそうしたアプローチの重要性を認めたうえで、それ以上に今そこにある危機的状況の人を助けるための措置を重視しているという様子であった。今回の滞在では、その点についてのヒントを見出すというところまでは至りませんでしたが、危機が迫っている現地の優先順位や米国国外にいる私の認識の間にギャップを理解することができ、また、自分の姿勢をつくっている距離というものが優先順位を変えさせているのだろうと思いました。
(なお、ちょうどと米中に見たキング牧師の娘の投稿にそのヒントを見つけることができました。)
関連記事 キング牧師の娘が提案するトランプ政権に対する向き合い方


【宗教に対する姿勢】
今回の渡米前にアメリカのホームスクーリング(学校などに通わずに教育を受けること)に関連して、キリスト教原理主義のグループが若い世代に思想教育を行っているというブログ記事を読みました。そういうこともあって、宗教と社会変革活動の関係について思考を深めたいと思っていました。特に、過去のIMPACTに参加し、アメリカの市民活動家の話を聞く中で、カトリックやムスリムなど宗教に熱心な学生ほど、社会変革の活動に関与する傾向があるという声を聴いていたことと、このキリスト教原理主義の活動により排他性を示す運動に参加する若者がいるという話を聞き、宗教と社会活動というものの関係性を考えたいという思いがありました。
関連記事 I Was Trained for the Culture Wars in Home School, Awaiting Someone Like Mike Pence as a Messiah(英文) 
3日目のパネルディスカッションでは「宗教」に関係する"Faith, Religion, and Spirituality in Social Change"というセッションを選択しました。学生たちが数名パネリストとして前に出ており、「宗教」などの精神的な価値観が社会変革活動に参加するうえで与えた影響について話し合いがされていました。また4日目には、"Do Justice, Love Mercy, Walk Boldly: Theological Education for Social Justice."というワークショップに参加しました。ここでは、神学的教育をテーマにしながらも、アメリカの建国において、原住民の土地を追い立てたことや多くの奴隷を有していたことなどを言及しつつ、「愛を実践すること」に対してクリティカルな振り返りをすることの重要性と、そして、神の声を聴き、解釈することが人間であることを強調していました。(講演者はアフリカ系アメリカ人の方でした。)
IMPACT2017_7
最終日朝に行われた"Do Justice, Love Mercy, Walk Boldly: Theological Education for Social Justice"のワークショップの様子
(Photo by Yoichi SUZUKI)


どちらのセッションでも、直接的にキリスト教原理主義的な脅威についての話は出てきませんでしたが、アメリカの学生や若者が熱心に宗教や神学ということに耳を傾けている姿は、日本の日常生活との大きなギャップであり、彼らの中で宗教やそこで語られる「正しさ」の強さを再認識する場になりました。私は、これ真に参加したアメリカのカンファレンスやワークショップで出会う学生や若者に、なぜこういった活動に参加したのか尋ねたことがあります。こうした際に多くの人が回答として「社会正義」をあげます。理由としては、もちろん、身近に不条理が存在していることがあるからだとは思いますが、同時に、「宗教」などによって、「正しさ」についての問いが生活の中で常にあるからなのかとも感じました。
そして、逆に言えば、日本で活動をしている際に「正しさ」を主張する言葉に出会うことは少なく。日本における「正義」や「正しさ」の欠如も感じる場でした。

参考 平成25年度 我が国と諸外国の若者(13-29歳)の意識に関する調査(内閣府)
「正義に誇りに持っている」と答えた割合
日本       57.5%
韓国     68.0%
アメリカ   91.8%
イギリス        89.9%
フランス        91.9%
ドイツ            91.7%
スウェーデン  93.4%


【フェアであること】
IMPACT National Conferenceに今回も含めて3回参加して、私が最も好きなことがある。それは学生とNPO、大学職員の関係性だ。お互いに相手を対応な関係で向き合っているというところです。日本でも、もちろん、そういった組織はあるが、多くの場合、「先生」と「生徒」のような上下関係になりがちだと思います。ワークショップによっては、学生が講師を務めてNPOや大学の職員が話を聞くというものもあります。
ワークショップに関しても、誰もが企画を申し込みができる。もちろん、申込みが多い場合は先行となり、その中で落とされることがあるのだけれども、参加の可能性があるという点が好きです。
また、IMPACTの運営委員に関してもフェアである点が言える。学生とNPO/大学職員から構成されているのだけれども、その立場は同等で、また誰もが立候補することができます。日本でも学生ボランティアフォーラムという国内最大規模の学生ボランティアのイベントが行われているが、学生については実行委員会が公募されているが、NPO職員や大学教授などで構成されている企画運営委員に関しては公募されていない状況です(過去に、日本国内での学生の社会参画に貢献したいと思い、公募はないのか尋ねた際に、企画運営委員の公募はないという返答だった。)
誰もが対等で参加できる、こうした民主主義の原則をイベント運営にも体現している点が、私がIMPACTが好きな理由なのでしょう。


【アメリカの市民社会が持つ優位性】 
今回の滞在で改めて感じたことがありました。それは、(日本社会と比較した際の)アメリカの市民社会が持つ優位性についてでした。アメリカでは、上述のように「社会正義」をはじめとした社会的に正しいことに関する共通規範が醸成されているように感じました。たとえば、1月にワシントンDCをはじめ、各地で行われたWomen's Marchでは、なんと日本でも日本在住のアメリカ人を中心にパレードが企画されていました。日本人の海外在住の方が海外で日本の社会問題に対してパレードを行うという姿を私は見たことがありません。海外であっても行動するというのは、それだけ価値観が内面化している証拠なのだと感じました。また、「正しいこと」、特に正義に関しては、日本では社会活動している人であっても「正義は人によって異なる」というような発言をすることがあります。おそらく、この背景には何が「正義」かという問いが社会に一般的に存在してなく、また、不正義に対して触れる機会も少ないゆえに、「正義」に対し思考し、不正義に対するものとしてそれがどういったものかという思考する機会が少なく、さらにこうしたことを公共空間で話し合うこともできないことがあげられるのだろう。


【最後に】 
IMPACTを考えた時に、日本で行われている学生ボランティアフォーラムと異なり、参加費がかかる点が大きな違いといえる。参加費があるからこそ、本当に社会変革に意識をもつ人々が集まるということがあげられるが、逆を言えば、低所得層の学生たちは参加できないのではないかという考えもあった。そのあたりの話を学生に話を尋ねたところ、大学によっては渡航費や滞在費を助成する制度があるとのことで、こうした学生の行動を促す制度は日本の大学でも拡充してもらいたいと思いました。

さて、3回目となったIMPACT National Conferenceですが、 全体的に昨年のAmherstで行われたIMPACTに比べると、個人的には昨年のほうが良かったと感じました。
関連記事 IMPACT2016-まとめ-

もちろん、今回のIMPACTで新たに出会った人々やワークショップ自体の質は高かったものの、私が期待していたシカゴに本部を置く宗教間対話を進めているInterfaith Youth Coreが不在だったこと、大学における市民活動を推進しているCampus Compactがブースを持っていなかったこと、さらには、クロージング・ワークショップのファシリテーションがゆるく、全体としての学びを集約することができていなかったことなどがあります。

では、参加したことは失敗だったかと言われれば、それでも日本国内ではこうした学生と社会変革をメインにおいた大規模なカンファレンスはなく、情報収集という点では十分有益だったかと思います。昨年、私が共同代表を務めるWake Up Japanで、日本においてもIMPACT National Conference Japanを開催しました。2017年も開催を予定しているので、今回の学びも取り入れ、より規模を大きくし、質を高めた企画にしたいと思ってます。
参考記事  若者が社会を変えるためのカンファレンス IMPACT Japan 2016 開催!